経験だけに依存しない修理体制を、どう設計したか
人員の入れ替わりがあっても、品質と納期を維持するためのSOPとシステム設計
修理品質を安定させるためには、優秀な技術者だけに依存する運営では限界があります。Terra Ringプロジェクトでは、診断、修理、品質確認を標準化し、誰でも同じ品質で対応できる修理体制を設計しました。本ページでは、その考え方をご紹介します。
1. なぜ熟練技術者だけに依存できなかったのか
TERRA RINGプロジェクトを立ち上げた当初、私たちが最初に考えたことは、「優秀な修理技術者を増やすこと」ではありませんでした。
もちろん、熟練した技術者の存在は非常に重要です。経験豊富なエンジニアは故障の原因を素早く見抜き、状況に応じて柔軟な判断を行うことができます。
しかし、ブランドのアフターサービスを長期的に運営する立場で考えると、一人ひとりの経験だけに品質を依存することには限界がありました。
当時の中国では人材の流動性が高く、時間とコストをかけて育成した技術者が短期間で離職することも珍しくありませんでした。また、事業の拡大に合わせて新しいエンジニアを採用する必要もあります。
もし修理品質が特定の熟練者だけによって支えられているのであれば、チームが成長するほど品質のばらつきは大きくなります。
そこで私たちは、「経験豊富な人を増やす」のではなく、「経験を仕組みに変える」という考え方を選びました。
2. 修理業務を三つの工程に分ける
この考え方から生まれたのが、修理工程を三つの役割に分離するという設計でした。
故障診断
↓
分解・部品交換・組立
↓
品質検査(QC)
この三つを明確に分離することで、それぞれの工程に必要な役割と責任を整理することができます。
修理とは、一人の技術者が最初から最後まで担当する作業ではなく、品質を維持するための一連の工程であるという考え方でした。
この構成は、その後のすべてのSOP設計の基礎となりました。
3. 人と工程を分ける意味
工程を分離した理由は、単純に作業を細かく分けるためではありません。
それぞれの工程には、求められる能力が異なるからです。
故障診断では、製品構造や故障傾向を理解した経験豊富な技術者の判断が必要になります。
一方、分解・部品交換・組立は、明確な作業基準と手順を整備することで、十分な教育を受けたエンジニアであれば安定した品質を維持できます。
そして最後の品質検査(QC)は、修理担当者とは独立した立場で確認を行います。
これによって、「修理した本人が自分で合格を判断する」という状況を避けることができ、品質管理の客観性を保つことができます。
さらに、工程ごとの責任範囲も明確になり、どこで問題が発生したのかを追跡しやすくなりました。
私たちが求めた標準化とは、人を画一化することではなく、「誰が担当しても一定の品質を維持できる仕組み」を設計することでした。
4. システムを「業務の軸線」にする
しかし、SOPだけでは運営は成り立ちません。
受付、修理、品質管理、部品管理、物流、それぞれの部署が異なる情報を持っていては、すぐに情報の食い違いが生まれてしまいます。
そこで私たちは、管理システムを業務全体の**「軸線」**として設計しました。
修理品が到着すれば受付担当が登録し、その情報はすぐに修理担当へ共有されます。
診断結果が入力されれば、カスタマーサポートはお客様へ状況を説明できます。
部品交換が必要になれば、部品管理担当は在庫状況を確認し、必要に応じて補充を行います。
マネージャーは全体の進捗を確認し、優先順位を調整できます。
つまり、全員が同じ情報を共有し、それぞれの役割を果たすことができる仕組みです。
私たちは、この管理システムを単なる修理記録ではなく、「人・工程・情報をつなぐ業務の軸線」と考えていました。
5. 物理的に離れたチームでも運営できる設計
この考え方には、もう一つの目的がありました。
それは、部署が同じ場所に存在しなくても運営できることです。
例えば、カスタマーサポートは都心のオフィスに配置し、修理センターは郊外の工業団地に設置することもできます。
担当者同士が毎日顔を合わせなくても、管理システムを通じて同じ情報を共有していれば、業務は継続できます。
お客様への説明も、修理担当者への指示も、部品の発注も、すべて共通の情報を基準として進めることができます。
この設計思想は、現在のクラウド型業務システムでは一般的になっていますが、当時の私たちは、将来の運営を見据えてこのような仕組みを構築しました。
情報は、人を介して伝えるのではなく、システムを介して共有する。
この考え方は、その後のすべてのプロジェクトでも受け継がれています。
6. この仕組みが現在まで残った理由
TERRA RINGプロジェクトは約10か月で終了しました。
しかし、この時に設計したSOPと運営の考え方は、プロジェクトとともに終わることはありませんでした。
その後、Profotoをはじめとする異なるブランドのアフターサービスでも、製品や業界は変わりましたが、「経験を仕組みに変える」という考え方は変わることがありませんでした。
もちろん、SOPの内容はブランドごとに異なります。
管理システムも、製品や運営形態に合わせて何度も改良を続けています。
しかし、「人ではなく仕組みで品質を支える」という基本思想は、現在のAXION HUBにも受け継がれています。
私たちが標準化を重視する理由は、効率化だけではありません。
ブランドごとの品質基準を、長期にわたって安定して維持するためです。
このプロジェクトから得た知見
- 経験は重要である。しかし、経験だけでは品質は維持できない。
- SOPは人を管理するためではなく、品質を標準化するために存在する。
- 管理システムとは修理記録ではなく、人・工程・情報をつなぐ「業務の軸線」である。
